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おやつはハニワに入りますか?

忘備録的なノリで書いています。主にジャニーズ(NEWS/嵐)。

アイドルの今、コレカラ

友人に頼んでいた番組を詰め込んだDVDディスクを最近見始めた。

 

その中に、7/30に放送された「アイドルの今、コレカラ」という番組があった。

 

この番組は、嵐の櫻井翔さん、大野智さん、NEWSの加藤シゲアキさんの3人が番組タイトルを議題に話をする30分番組だ。

 

キャスターとして、アーティストとして、作家として、ジャニーズに新たな「モデル」を作った3人の対談である。

 

正直なところ30分なんて足りないので1時間番組でもいいのだが、というか、もっと聞きたいこともある気がして仕方がないが……、放送からしばらく経ってしまったのでもはやそれも難しいだろう。

 



改めて、本人の口、そう、加藤シゲアキさんの口からから、「大野君に救われた」と言われてしまうと、脳内でバラバラだった2つが線で繋がってしまい、ついつい泣いてしまう。

 

テキトーに時間が過ぎていくのを待っているかのように見えるのに、あんたはそう言って、あいまいなヒントで、ぼやかして、でも人をある方向に導いて行ってしまう。(教育の仕方としてはある視点から見ればこれも良いとされる方法ではあるけれど)

 

ああ、やっぱり、そんなあなたが好きなんだなあ、と思った。結局のところ大野さんに心の端っこを掴まれたまんま。

 

という話は置いておいて。

 

 

番組前半に、大野さんの個展の話になる。

そこ彼は「事務所を辞めようと思った」と語る。

2008年の最初の個展をやって、それで辞めようと思ったらしい。

その後、嵐の人気が出て仕事が忙しくなり、そんなことを考えることもなくなったと彼は言う。

あいにく、その頃の彼はリアルタイムで追いかけていなかったのでよく知らないし、また、良いのか悪いのか知らないが、ちょうどそのころはその後の彼のブレイクで掻き消えてしまっている気がする。

 

 

もしかしたら、みんな、きっと、一度は考えるのかもしれない。

「アイドル」をやめること、事務所を辞めること。

それが表に出るかでないかの違いはあれ、タイミングの違いはあれ。

 

我々の想像以上に、やはり「アイドル」は先の見えない人々なのかもしれない。

我々、ファンの生きがい、生きる糧となることと引き換えに、先が見えない人生……。

 

見えないことに疲れて消えるものあれ、見えないところから別の道に行くものあれ。

 

だが、その先を照らす松明の一つになれるのも、我々ファンである。

ファンがいるから、多くの人に求められるから、仕事が決まっていく。

我々は、色々なモノを彼らに求めつつ日々を過ごしているが、与えられたもの、生み出されたものに十分な対価を払えているだろうか?我々の手で道を断絶させてはいないだろうか?

 

「今、目の前のことを頑張れないやつが、何を頑張れるんだ。」*1

 

ふと、そんなことを考えていた。

 

 

加藤さんは、NEWSが4人になった時点で「すべてを失った」と言った。

そして「アイドル」として一からやり直す、ことを決めたという。

一からやり直す。この言葉でハッとした。そしてまた、点が線になった。

 

Whiteツアーで感じた、加藤さんの「進化」。

それはパフォーマンス、(まあ、特にダンス)だけに注目した話となってしまうけれど、加藤さんは「化けた」。

どうもどんなふうに「化けた」かを表現するのは難しいのだか、私の予想を超えてきたことは間違いない。そして、あの日、2015年6月13日を境にわたしは加藤さんのダンスに魅力を感じるようになった。

過去の音楽番組を見ていてもしっかりと実感できる。

 

作家としても「変わった」。恥ずかしながら、やっと今年Burn.を読み終えた。

過去の長編の中で一番好きになった。

そして記憶力がなく申し訳ないが、誰かが言っていた。きっとフォロワさん。(ありがとう)

「Burn.は作家が書いた作品と言える作品で、加藤シゲアキみが過去作に比べ少ない」と。

そして今年、初の短編が刊行された。また、脳で点が線となる。

私は、「傘をもたない蟻たちは」を読んで、ピンクとグレーを思い出していた。

ピンクとグレーを初めて読んだ、読み終えたときと同じ感覚だった。

この感覚が、いつ、「作家が書いた作品」という感覚に化けるのだろうか。


初めは長編、次は短編。最初より上るステップは少ないのかもしれないが、次の短編が今から楽しみ。

いかに、「作家が書いた」と思わせる作品になるか、どれほど「加藤シゲアキみ」が含まれた作品となるか。


そして、後半では、「アイドルが30歳を超えたとき」の議題で話が進む。

なるほど、我々の予想外に「30歳」の壁は厚いらしい。

だが、この壁も年々後ろにずれていくのではなかろうか。 とも思っていたが、櫻井さんは「異様な焦りがあった」という。

櫻井「異様な焦りがあってね。次に見るのは40じゃん、 このままじゃやべえな、このままじゃやべえなって、グループがね?僕らのグループってさ、肩組んだら可愛いとか、なんだろ、メンバー同士ハイタッチしたら、わーってなったり。することが多かったのね。どうせ、いつかかわいくなくなっていくんだから、人間だから、じゃあ、そうなったときの畑を今から耕しとかなければならないっていうのをずっと思ってたの。」

「簡単に言えば、人気じゃなくて、実力をということなんだけど。なんだけど、そう言ってくれる人がいるんだったらそう言ってくれる人がいるだけありがたいなっていう方に変わっちゃったというか。」


近くない未来、きっとNEWSも同じ状況になると思っている。だが、その時、似たようになるかといえばわからない。今だって、かわいいと言われることに実際どう思ってるのか時々謎になるし、やはり本人としては嫌なんではないかとも思うが、社会はそれを求めている。


次に口を開いたシゲアキさんからはこんな言葉が溢れた。

「若さって特殊なキラメキ、それだけで一つの武器。それが一個無くなっていくっていうのはもう分かってるから」


ああ、若さってなんだろう?

私はまだまだ20年も生きていないからわからないけれど、若さって薬みたいなもんだと思ってる。

若さがなくなるっていうのは、「若さ」を使いすぎて効かなくなって、大人になる。

「若さ」には使用回数が、耐用年数がほんとはあるはずだ。

でもそれがちょっと長くて使う回数が多いのがアイドルであるとも思う。


「なんかもうすべてを失ったんですよね。4人になった時に。だから、1からやり直せる。とことんNEWSでアイドルやってやろうと初めて思った。」

ここで、NEWSの持つ「若さ」はリセットされない。新生NEWSとして生まれ変わっても、「若さ」は戻ってこない。そんな気がしている。でも年々「若々しく」はなってるとも思う。そこがこの世の不思議。


最後に、シゲアキさんが「後輩たちが嵐の姿を追いかけますよ」と言うと、櫻井さんは「全力で逃げ切るよ」と言いのけた。

そして大野さんが、「追いかけてくんなよ」と追撃する。


全力で逃げ切る、追いかけてくるなよ、と言える嵐はかっこいい。それがあるから今の嵐がいる、とも言える。


だが、実はこの言葉って本当に大切なんじゃなかろうか?

今の後輩たちは、みな嵐をモデルケースに高みを目指していると思う。アレが理想郷。

でも、果たして、他人の真似事というか、似た道を歩んで同じようになれるのか?と言ったら不思議だ。おそらくなれない。

だから、「追いかけてくんなよ」と言う言葉が、私には別なルートで高みを目指せ、とも聞こえた。きっとこの言葉を発した本人はそこまで考えてないと思うけど。



そして、番組最後の、大野さんが櫻井さんに「つまんない」と言うところはほんとにしびれた。そんな言葉言えるのはあなたしかいないですね。



機会があったら、他のジャニーズグループが好きな人にも見てほしい、そんなことを思いました。


アイドルはこれから、どうなっていくのでしょうね。


 

*1:「嵐15年目の告白(NHK、2014のハワイ密着ドキュメンタリー)」より大野さんの言葉